東京地方裁判所 平成11年(ワ)6081号 判決 2000年2月25日
主文
一 甲事件被告は、甲事件原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件原告の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、甲事件、乙事件を通じ、甲事件被告・乙事件原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 請求
(甲事件)
主文一項と同旨。
(乙事件)
乙事件原告は、破産者丸荘証券株式会社(以下「破産者」という。)に対し、金五八七四万七九二〇円の破産債権を有することを確定する。
第二 当事者の主張
(甲事件)
一 請求原因
1 破産者は、平成九年一二月二三日、東京地方裁判所に対し自己破産の申立てを行い、平成一〇年九月三〇日、破産宣告を受け、同日、甲事件原告・乙事件被告(以下「原告」という。)が破産管財人に選任された。
2 破産者は、平成九年一月二二日、甲事件被告・乙事件原告(以下「被告」という。)に対し、以下のように五〇〇万円を貸し付けた。
(一) 金額 五〇〇万円
(二) 金利 年三・五パーセント
(三) 弁済期限 平成一〇年一月二一日
3 よって、原告は、被告に対し、消費貸借契約に基づき、金五〇〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成一〇年一月二二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、被告が五〇〇万円を受領した事実は認めるが、その余は否認する。被告は、退職金の一部として五〇〇万円を受領したものである。
(乙事件)
一 請求原因
1 被告は、昭和五四年一一月二七日に破産者の取締役に選任され、平成八年一二月三〇日に退任するまで、約一七年間にわたって取締役の地位にあった。この間の、昭和六二年一月から平成元年一二月までは常務取締役の地位にあり、平成二年一月から平成八年一二月三〇日までは専務取締役の地位にあった。
2 被告に関しては、平成九年六月二五日の破産者第四七回株主総会において、退職金贈呈が決議され、さらにその具体的金額、贈呈の時期、方法等が同社内規にしたがい、相当額の範囲内で取締役の協議に一任されることが決議された。
3 破産者は、平成一〇年九月三〇日に破産宣告を受けており、そのため被告の退職金贈呈の株主総会決議に基づく取締役会決議はされていなかった。しかし、被告は、条件付債権ないし将来の請求権の金銭化を規定した破産法二三条に基づき、無条件の退職金請求権を有している。
4 破産者の役員退職慰労金支給規定によると、役員の退職時の最終額報酬に役職別係数(取締役二・二、常務取締役二・四及び専務取締役二・六)及び在職年数を乗じた額の累計額に功績加算額を加算した金額とされる。したがって被告の退職時の最終月額報酬一四三万九九〇〇円を基礎として計算すると合計五八七四万七九二〇円となる(なお功績加算分は加算していない。)。
5 破産者は、平成九年一二月二三日、東京地方裁判所に対し自己破産の申立てを行い、平成一〇年九月三〇日、破産宣告を受け、同日、原告が破産管財人に選任された。
6 被告は、平成一一年五月一七日、破産債権者として退職金債権を届け出たが、同年六月一六日の債権調査期日において、破産管財人から異議を述べられた。
7 よって、被告は、原告に対し、被告が破産者に対し、五八七四万七九二〇円の破産債権を有することの確定を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1については、被告が常務取締役から専務取締役に就任した時期を除き認める。被告が専務取締役に就任したのは、平成二年四月である。
2 同2は認める。
3 同3前段は認め、後段は争う。
4 同4は知らない。
5 同5及び6は認める。
理由
一 甲事件について
1 請求原因1は当事者間に争いがなく、同2は、<証拠略>により認められる。
2 被告作成の陳述書(乙一六)中には、甲第二号証中は、証券会社の自己資本比率の規制の厳しかった平成九年一月当時、被告に退職金の形式で金銭給付をすることは困難であったため、名目上のみ貸金として支給し、時期を見て退職金の一部に変える趣旨であったとの記載が存在する。
3 しかしながら、前記記載部分は採用することができない。理由は以下のとおりである。
(一) 前記甲第二号証は明らかに「借用書」と題する書面であり、文面上も「借用金額金五〇〇万円也 上記金額生活資金として借り入れます。」との記載があり、金利も年三・五パーセント、返済時期も平成一〇年一月二一日と明確に定められている。
(二) そして、甲第二号証の記載にもかかわらず、五〇〇万円の給付が退職金の一部であり返済を要しない旨書かれた念書などが存在することを認めるに足りる証拠はない。
(三) 被告の取締役退任は、平成八年一二月であるから、退職役員に対する退職慰労金を定める株主総会と取締役会は、平成九年六月二五日に行われるもので(甲五ないし七)、したがって、それ以前には破産者には退職慰労金を支給する権限はなかった。
(四) 破産者の経理部では「社内融資カード」を作成しているが、本件についても「社内融資カード」を作成して、被告に貸し付けた五〇〇万円を現実にも貸付として処理してきた(甲八)。
(五) そして、被告は、役員退職後、破産者の顧問に就任したが、顧問料からの天引きの形で約定の年三・五パーセントの利息を現実に支払ってきた(甲八、九)。
4 したがって、原告の請求は理由がある。
二 乙事件について
1 当事者間に争いのない事実に、証拠(甲五ないし七)によれば、以下の各事実が認められる。
(一) 平成九年六月二五日、破産者第四七回株主総会が開かれ、その際に被告を含む六名の退任取締役に対する退職慰労金の贈呈については、破産者の内規に従い相当額の範囲で取締役会に一任することが決議された。
(二) 同日、株主総会に引き続き開催された取締役会において、退職慰労金の件が協議されたが、「破産者の経済状態が非常に厳しい状況で今現在は支払うことはできない。経営が安定したところで検討する。」との理由で、前記六名の退職慰労金支給決議は行われなかった。
2 前記認定事実によれば、退職慰労金については株主総会において取締役会において一任する旨の決議はされたものの、取締役会においては当時の経済状況に鑑み、現在では支払えないとされたものであり、退職慰労金の報酬額は具体的に定められていない。そして、本件においては、取締役会が支給決議をしなかったことにつき、格別不相当な事情は認められない。
そうすると本件においては退職慰労金については、未だ会社と退任取締役の双方を拘束するような契約関係には成熟していなかったというべきである。そうすると、被告の主張する退職慰労金債権は、破産法二三条の定める条件付債権又は将来の請求権と評価できる段階にすら至っていないというべきであって、同条によって、確定金額の債権となるものではない。
2 したがって、被告の請求は理由がない。
三 結論
よって、原告の請求は理由があり、被告の請求は理由がない。
(裁判官 田代雅彦)